「猫と蠟人形」(横溝正史)

由利・三津木の事件簿07

短篇ならではの面白さが凝縮されています

「猫と蠟人形」(横溝正史)
(「由利・三津木探偵小説集成1」)
 柏書房

「由利・三津木探偵小説集成1」

「猫と蠟人形」(横溝正史)
(「仮面劇場」)角川文庫

「仮面劇場」角川文庫

大川の河岸にある洋館から
通子が川面を眺めていると、
小さな空き瓶とともに
流れ着いてきたのは蠟人形。
しかしその人形の胸には
通子の夫の矢田貝博士の胸にある
刺青と同じ模様が描かれ、
さらには短刀が
深々と突き刺さっていた…。

つまり、その蠟人形は
矢田貝博士に対する殺害予告と
考えられるのです。
そして数日後、
やはり胸に短刀を突き刺された
博士の死体が漂着するにいたるのです。
横溝正史由利・三津木シリーズ
一篇である本作品、
事件を解決するのは
敏腕記者・三津木俊助。
しかし通子は何と俊助の実の妹。
つまり俊助は義兄が殺害された事件を
捜査していくことになるのです。

【事件簿07 「猫と蠟人形」】
〔事件捜査〕
三津木俊助…新日報社記者。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
矢田貝博士
…高名な外科医。五十を越している。
 吝嗇家で猜疑心が強く、嫉妬深い。
 殺害され、その遺体が漂着した。
矢田貝通子
…矢田貝博士の妻。三津木俊助の妹。
 二十五六の若さ。
緒方絃次郎
…通子のかつての恋人。
 矢田貝と通子の結婚に絶望し、
 外国へ流浪、最近帰国したばかり。
パール
…通子の愛猫。博士の遺体とともに、
 血まみれの状態で漂着した。
高橋もと
…絃次郎が借りた部屋の家主。
※本作品には由利麟太郎は登場しない。
〔事件の概要〕
①矢田貝博士を模した蝋人形が、
 短刀を胸に突き刺された状態で、
 自宅裏手を流れる河岸に漂着。
②数日後、矢田貝博士が同じように、
 短刀を突き刺された状態で
 遺体として漂着。

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本作品の味わいどころ①
限定された登場人物、困難な犯人探し

短篇作品ですので、
紙面が限られることにより
登場人物も限られます。
事件関係者で名前が登場するのは
わずか四人(猫を入れても五人)。
一人は殺害された被害者ですので、
残るは三人(猫を入れても四人)。
それでいて犯人は誰か、
なかなか読み切れません。

普通に考えると、
不幸な結婚をして不遇を味わっている
通子か、恋人を奪われた絃次郎か、
動機のあるのはその二名ですが、
そのどちらが犯人だとしても、
あまりにもありきたりで
ミステリにはならないでしょう。
特に通子が犯人なら、
主人公の俊助が立ち直れません。
筋書きとして、
やはりどちらかが警察に拘束されます。

本作品の味わいどころ②
結末に驚きの仕掛け、大どんでん返し

もちろん、拘束された人物は無実です。
したがって、終末には
真犯人が明らかになるのですが、
そのどんでん返しが
なんと二回もあるのです。
これで終わりと思えばまさかの逆転。
さすが横溝です。ここに
短篇ならではの面白さがあるのです。

このどんでん返しも、
一度だけなら凡庸なミステリで
終わったはずですが、
さらにひっくり返されるのですから
味わい深さが増すのです。
こうした点が、横溝のみならず
日本の古典ミステリの特徴であり
味わいなのです。

本作品の味わいどころ③
配置されたアイテム、伏線とその回収

前半部分でなぜか
「マヨネーズ・ソースの空瓶」が
複数回登場します。
これが実は後半に繋がってくるのです。
それ以外にも、蠟人形の「ガラスの眼」、
飼い「猫」パール等、
さりげなく張られている伏線と
その回収が味わいどころです。

本作品の最大の謎
通子はどうして変人に嫁いだかの謎

殺人事件の犯人捜しの謎よりも、
三津木俊助ともあろうものが、
なぜ大切な妹(それも若くて美人!
かつお似合いの恋人がいたにも
かかわらず)を、よりによって
三十も年上の初老の変人医師に
嫁がせなければならなかったか?
事件の行方より、そちらの方が
気になって仕方がありませんでした。
ところがこれは事件に関係がないため、
横溝は「すいぶん、
こみいった事情があったのだけれど、
いっさい省略することにしよう」と、
あっさりスルーしています。
もっとも、読み終われば
変人医師でなければ物語が
成立しないのです。
そういう展開なのです。

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こう見ていくと、
長編では成立の難しい、
短編ならではの面白さが
凝縮されていることに気づかされます。
戦前の充実期にあった
横溝の傑作短編探偵小説です。
ぜひご賞味ください。

(2018.10.28)

〔追記〕
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(2023.11.21)

〔「由利・三津木探偵小説集成1」〕
獣人
白蠟変化
石膏美人
蜘蛛と百合
猫と蠟人形
真珠郎
付録①六人社版「真珠郎」序文ほか
付録②名作物語「真珠郎」
編者解説(日下三蔵)

〔「仮面劇場」角川文庫〕
仮面劇場
猫と蠟人形
百蠟少年
新角川文庫には
収録されていない一冊です。
早く杉本一文表紙で
復刊してもらいたいと思います。

〔関連記事:由利・三津木シリーズ〕

〔「由利・三津木探偵小説集成」〕

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